※グレパラ2・ビッグビルディングネタ
※ロシキノ
書類に目を通していたロシウ補佐官が、ふふっと笑った。ちなみに今、彼が手にしている書類は、来年度の宇宙開発計画の骨子であって、笑いどころなど全くない。私は驚いて顔をあげた。ロシウは私の視線にハッと気付いて、口元を手で覆って笑いを押し殺そうとしたけれど、堪えることで逆に吹き出してしまった。
「…っ、ぷっ…くく」
「ど、どうなさいましたか、補佐官」
「いや、何でもない」
「なにか、書類に不備でも」
席から立ち上がる私を、補佐官が口を隠していた手を上げて制した。
「本当に何でもないんだ」
「でも…」
「……いや、すまない。思い出し笑いだ。仕事に集中するよ」
仕事中に、この人が余所事を考えるなんて珍しい。私は何がそんなに彼を笑わせるのか、知りたくてたまらなくなった。だけど、きいてみてもロシウは「何でもないよ」と書類を立てて顔を隠す。私は書類越しにじっとりした視線を送った。ロシウは無言のプレッシャーに負けたみたいに、顔を見せないまま白状した。
「夢だ。すごく変な夢を見たから、それを思い出して」
「夢、ですか…」
「そう」
「どんなですか?」
ロシウはしばらく言い淀んでいたけれど、ここまで来たらヤケだと言わんばかりに、一部始終を一気に語った。
「腕が4本あるガンメン…あれ、エンキドゥドゥなのかな?そんな感じのロボットが襲ってきて、僕とシモンさんがグレンラガンに乗って倒すんだ。敵は3体で、合体したりして、だけど合体したらビルみたいになって攻撃もしてこないし、ドリルで倒して、めでたしめでたし」
「はい…」
それのどこが変なんだろう。訝しく思う気持ちが声に出た。ロシウは納得がいかない私の様子を見て、真面目に細部を説明し始めた。
「でも全体的にヘンなんだ、コクピットは屋敷のなかにあって、やけに広々して豪華だし、ロージェノムは宇宙に浮かんでるし…。襲ってくるガンメンも、カエルっぽかったり、歯の矯正をしてたり」
「矯正?誰がですか」
「だから、そのガンメンがだよ」
歯の矯正をしてるガンメンを想像して、そして真顔で笑いどころを説明するロシウが可笑しくて、私もぷっと吹き出した。するとロシウは、うんうん可笑しいだろうと、なぜか嬉しげに頷いて、さらに言った。
「それにシモンさんの服もヘンなんだ。ゴーグルしてるのにフリフリしてて…。ヨーコさんもやたらに……ええっと…その…」
「ヨーコさんはどんな服なんですか?」
「……いや、どんな服だったかな。忘れた」
「じゃあ、ロシウは?」
「僕、僕は………、うん、僕も、どんな、格好だったか、忘れたな」
そんなにギクシャク答えなくったって。嘘のつけない人。ロシウも一緒にフリフリしてたのかしら。ヨーコさんはきっと、色っぽい格好だったんだろうなあ。胸の隅が、なぜかチクリと痛んだ。ヨーコさんはロシウの夢に現われるんだ。そして私は、あなたの夢に出てきたことなんか、ないんじゃないかな。多分、きっと、ないわね。そりゃそうよ、私はただの補佐官の補佐だし。
私の短い沈黙に、ロシウは話の先を促されたと思ったらしい。「それから、うーん」と夢を反芻して、さらにヘンなところをピックアップした。
「それにグレンラガンもなんだか、気持ち悪いんだ。人のカタチで、目がひとつしかなくて」
「そっ、それは…確かに少し…」
「合体したガンメンっぽいものを倒すとき、その目がぶよぶよと増えて、そこからドリルが出るんだ」
「……それ、本当にグレンラガンなんですか?」
「えっ、ええっと…だって僕らが操縦してたし、多分、そうだと思うんだけど」
ロシウは急に自信なさげに語尾を濁す。少し口調が幼くなるのがかわいい。対する私は、少しお姉さんぶって言ってみた。
「その夢を分析してみますと…」
「え、そんなことできるのか?」
「ええ」
占いとか夢判断とか、女は大好きなんですから。私は目の前のパソコンのネットを立ち上げて、ブックマークに入ってる夢占いのサイトを開いた。聞き取っただいたいの粗筋を打ち込んでみたら、診断結果が出た。あら、なんだか図星っぽい。ズバリすぎて、気を悪くしないといいけれど。私はちらりとロシウの顔色をうかがってから、結果を読み上げた。
「えーと…『この夢は、周囲と自分を比べたり、意識する表れです。周囲と自分の差を意識したり、特別な相手に対する負けたくないという感情、あなたの気持ちが上昇の傾向にあるようです。特にライバルや気になる相手に対する感情は、極端に強いものである場合があります』」
ロシウは「なんでそんなことになるんだ?」と笑って言ったけれど、心当たりがあるのか、その笑顔は少し引き攣っていた。私は「さあ…?」と返し、少しビクビクしながらも続きを読んだ。シモンさんがライバルというのは、ちょっと違う気がするけれど、強く意識してる相手であることは確かだ。
「『その意識は向上心であって、決して悪いことではありません。競争心があなたを成長させる原動力になるなら良いことです。ただ、他人より遅れをとってしまうことへの過剰な意識や不安、ライバルへの度が過ぎる競争心は問題があります。他人との優劣にこだわりすぎると、少し劣っただけで卑下し自信を失い、優ると相手を見下す傲慢さが現れたりと、本来のあなたの良さが出ないばかりか、マイナス面が目立ち、損するばかりで得することは何もありません』…」
私が読み上げている最中に、ロシウは怪訝そうな顔で立ち上がり、私のパソコンの画面を後ろから覗き込んできた。そして文章の続きを自分で読んだ。
「……『もし過剰な競争心があるなら気持ちを抑圧する必要があります』…か。」
その声は、今まで聞いたこともないような寂しげな声だった。寂しそうで、でもちょっと可笑しそうな、切ない声だった。おそるおそる振り返ると、じっと画面を見ていたロシウは、ゆっくり私と視線をあわせて訊いた。
「君もそう思うかい?キノン」
すぐに首を振ろうと思った。でも、この診断が当たってるように思ったのも本当だ。愛想で首を振るのは、かえってロシウに不誠実だと思った。否定も肯定もせずに固まってる私に、ロシウは笑って「僕も、当たってると思うよ」と苦笑した。それからまた画面を眺めて、ぽつりと言った。
「不思議だな。みんな、僕が何を考えてるか分らないって言うのに。こんな占いに言い当てられるなんてね」
ロシウは孤立しはじめていた。シモンさんを実戦から…グレンラガンから遠ざけ、政治のほとんどを一手に行っていることを、専横だという人もいた。でも、そんなんじゃない。ロシウは誰よりも、この世界を守りたいだけなのに。シモンさんが、シモンさんたちと築いた、この空のもとで暮らせる世界を。ロシウは診断結果を読んでしまうと、私は打ち込んだ「夢の内容」を読んだ。そして、ふふっと笑い、見たばかりの夢を懐かしげに語った。
「そのエンキドゥドゥみたいなのに勝ったあとに、三人で記念撮影をしたんだ。本当に変な夢だろう?僕は戦ってる最中に、頭の上に照明が落ちてきたりしてフラフラしてて。シモンさんに肩を借りて、なんとかグレンラガンの外へ出るんだ」
ロシウは手を伸ばして、内容を打ち込む欄へそれを書き足した。私は座ったまま椅子を横へずらして、黙ってロシウの横顔を見つめた。幼い頃の面影が、その横顔に重なった。
「それでね、シモンさんが真ん中で、ヨーコさんと僕が左右に立って、ピースなんかして写真を撮るんだよ。本当に変な夢だ。でもすごく楽しかったな。楽しかった。うん、愉快だったよ…」
“楽しかった”とロシウは、二度その欄に書き込んだ。そして、ムキになって書き足した自分を笑ってから、私の方を見て驚いた。
「キノン。どうしたの」
「…だって」
「どうして、泣いてるの、君が」
どうしてロシウしかいないんだろう。大グレン団はあんなに大勢いるのに、どうしてロシウだけがこんな重責を負わないといけないの。もっと年嵩の、しっかりした人がいれば。実務に向く人がいてくれたら。ロシウだってシモンさんと一緒に、笑ってグレンラガンに乗ったり、シャンデリアに頭をぶつけたり、敵を倒してピースしたりできたのに。私はぽろぽろ泣きながら笑った。
ロシウはそんな私を宥めるように笑って「どうしたんだ、本当に。泣くほど可笑しかったかい?」と言い、涙を拭ってくれた。私はその指が触れるとハッとして、「すっ、すみません」と立ち上がりながら、また身体を後ろへ引いた。慌てた脚が椅子に絡まり、椅子ごと倒れそうになった私を、ロシウの腕が引き上げてくれた。びっくりするぐらい近くに、ほっとしたロシウの顔があった。
「大丈夫?」
「…はい」
ロシウは笑い泣きに崩れた私の顔をじっと見てから、穏やかな目をして言った。
「…占いだけじゃないね。僕のこと分ってくれる人もいた」
それが誰を指すのか、私が分かる前に、ロシウは倒れた椅子を起こして自分の席へ戻ってしまった。そして何事もなかったかのように、また書類へ目を通しはじめた。私はぎくしゃくと椅子へ座り直して、開いたままの夢診断のページを見た。ロシウが追加した文章で、かちりと占ってみたけれど、結果は変わらなかった。私は密かにふっと笑って、そのページを消し、報告書を開いた。私は誰よりも、補佐官の気持ちの分かる補佐であろう。こんな占いになんか、負けやしないんだから。
ちらりとディスプレイから目線をあげてロシウの方をうかがうと、ロシウも書類の上からちらりと私の方を見て、私たちは静かに微笑みあった。
※参考サイト:ユメカルテ様:ttp://yumekarte.jp/